MCカートリッジ DRT XV-1 レビュー by 高橋 和正氏
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ラジオ技術2000年3月号「スクランブル・レポート」にて著名オーディオ評論家高橋和正氏のDRT XV-1とPHA100の使用レポートが掲載されましたので、ラジオ技術社の承諾のもと、その記事を紹介します。先に紹介したインターネット上のオーディオ・レビュー・マガジンTNT AUDIO REVIEWにおけるGeoff Husband氏のレビューと合わせてご覧頂ければDRT XV-1の国内外での高い性能とその音楽性豊かな再生能力がご理解頂けると確信致します。
Dr. 富成の新型カートリッジ
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ダイナベクターから新しい構造のフォノ・カートリッジが発売された。モデル名は「DRT XV-1」、Dr.TominariのV型磁気回路1号機という意味で命名されたものらしい。発電方式はMC型である。プログラム・ソースの主役の座をCDを代表とするデジタル・ソースに奪われて久しいアナログ・ディスク再生のためのカートリッジが、その構造から見直したまったくの新製品として誕生してきたところが興味深い。
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ダイナベクターといえば、現在では「スーパーステレオ」のメーカーとしての知名度の方が高いが、もともとはフォノ・カートリッジ・メーカー、他社に先駆けてダイアモンドやルビーのカンチレバーを使ったMCカートリッジを造ったユニークな存在であった。
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MC型カートリッジの構造は、世界中のほとんどのモデルがオルトフォンかデンオンをモデュファイした構造なのに対し、ダイナベクターのMCは独自のクロス・コイルとショート・カンチレバー構造で、他社とは一線を画していた。ささいなことのようにも見えようが、これはたいへん重要な事柄なのである。つまり、振動理論の大家で工学博士でもある富成社長の自信とプライドの具現であった、と私は見ている。
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国内ではすでに過去のソースとなってしまったアナログ・ディスクだが、ヨーロッパではまだ愛用者が多く、フォノ・カートリッジの需要もそこそこにあるらしい。英国と取引の多い同社は、国内販売をやめてからもずっと輸出を続けており、先般リリースされたMC型DV-20Xの低価格も、こうした背景があればこそなのであろう。
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DRT XV-1の開発経緯の詳細は残念ながらよくは知らない。しかし昨年初めに「すごいカートリッジができた」といって試作品を聴かせていただいたことがあった。それが本機であることはいうまでもないが、開発のきっかけは、MC型カートリッジの磁気回路で長年気になっていたことを確認するための実験であったという。やってみたら想像以上に高性能でモニタ結果も好評だったから、いっそのこと製品化してしまおう、というのがほんとうのところなのかも知れない。
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いくらよいカートリッジができても、それを製品化するということになると問題は別、まして国内展開は初めから採算ベースに乗るわけもない。多分英国を初めとする海外輸出をベースに、国内にもその恩恵を還元しよう、というところなのであろう。
ユニークな磁気回路
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XV-1の構造は磁気回路が剥き出しになったスケルトン・タイプである。正面から見ると、磁極が「V」の字の形をしたユニークな構造だ。V字の根元には、同社の特許であるマグネットのソフト化のためのコイルが鉢巻きのように見える。こんな形のカートリッジは今までに見たことがない。
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大方のMC型カートリッジの磁気回路は、磁石を挟んだヨークの先を延ばし対極させた構造である。磁束密度は2000ガウス前後と低めでよいから、磁束分布状態などが問題にされたことも今まで聞いたことがない。
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ダイナベクターの着眼点はここにあったらしい。磁束密度の高くない大きなギャップにムービング・コイルを置いて発電させるMC型の基本構造において、ギャップ内の磁束密度分布の均等化は、発電精度を左右するはず、……と考えたかどうかは知らないが、XV-1はこのために磁極をL、R専用のV型とし、アルニコ磁石をL、Rおのおの2本づつ置き、さらにセンター・ポールピース側にも小型のアルニコ磁石を4本加えた合計8本もの磁石を使っている。過去に磁極数を増やした多極型はあったが、磁石をこれほど多用した例を私は知らない。
昨年発売されたオルトフォン・ジュビリーのリング・マグネット磁気回路もおそらく同様の効果を狙ったものだろうが、こちらの方は類例がないわけではないから、ユニークさでは本機がダントツといえよう。
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V型の角度は目で見た感じではステレオ動作に合わせた90度ではなく60度くらいに見える。磁束分布を考えたうえの設計だろうが、いつもV12気筒のジャガーに乗っている富成社長の趣味も反映されているのかもしれない。
ヘッド・アンプは電流増幅型
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XV-1と同時に発売されたヘッド・アンプもユニークである。ヘッド・アンプやステップアップ・トランスなどがほとんど忘れかけられたいま、わざわざDV-PHA-100という新型のヘッド・アンプまで開発した意味は、XV-1との組み合わせ使用を前提としているからにほかならない。
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低インピーダンスのMCカートリッジのステップアップには電流増幅が望ましいことは古くからわかってはいたし、製品もなかったわけではないのだが、コストや使い勝手の悪さなどが足を引っ張り、他のステップアップ方式とともにハイ・ゲイン型フォノ・イコライザにその機能を譲ってしまったいきさつがある。
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ダイナベクターはカートリッジとともに電流増幅型ヘッド・アンプにこだわり続けてきたメーカーだが、XV-1発売に当たって、最新型素子による性能面での大幅な改良を加えて登場させたのが本機なのだ。プレーヤとアンプの間にヘッド・アンプを入れる煩わしさを帳消しにして、なくてはならない存在とするためには、このヘッド・アンプを使った時の音質が特段に優れているという自信がなければなるまい
次世代ソースに真正面から対抗できる音
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さて興味津々の音はどうか。まずヘッド・アンプを通して聴いてみた。イコライザ・アンプはオーディオクラフトのPE5000とアキュフェーズC280Vで、ともにNF型である
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私の常用カートリッジはここ10年ほど大春カートリッジで、変動はない。つまり、このカートリッジに満足しているからである。したがって新しいカートリッジの試聴には、これと比較してどうか、という聴きかたにどうしてもなってしまう。
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XV-1の音は今まで聴いたどのカートリッジよりも明快でエネルギッシュである。低音が特にそうだ。「よい」を通り越して「すごい」という表現がふさわしい力強さがある。常用の大春カートリッジとCRイコライザの組み合わせによく似た感触で、音像は細目だが、繊細さでは上回る。
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ヘッド・アンプをパスしてみると、NF型イコライザの音がはっきりと出てくるから、ヘッド・アンプの威力は十分に発揮されているといえる。ヘッド・アンプではノイズ・レベルがしばしば問題になるが、本機のS/Nは常用のハイ・ゲインCRイコライザよりもよい。試しに大春カートリッジをPHA-100を通して聴いてみると、このカートリッジのわずかな欠点と思っていた剛直さが、しなやかさと繊細さに変わるのにはびっくりした。MC型本来の性能はこうした受け渡しで初めて発揮されるということか。
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ウーファをMFB化したばかりの4ウェイ "ユニコーン" で聴くと、XV-1+PHA-100の解像力、特に低域のすごさがぴったりの感じである。アナログ・ディスクから、これほどすごみのある音が引き出せるとは考えてもみなかった。節操のない話になるが、昨年末に192kHz24ビット・フォーマット対応のデジタル機器を聴いてアナログの終焉を感じた、と口走ったのは、訂正が必要かも知れない。
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このコンビ、カビの生えかかった手持ちのアナログ・ディスクをダイアモンドに変え、片端から聴き直させるだけでなく、聴く者を中古レコード屋に走らせる衝動に駆ることはまちがいない。久しぶりに興奮させられたコンビである。
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本ページはアイエー出版社の承認のもとにラジオ技術3月号記事を抜粋したものです。許可なく内容の複製および転載を禁じます。